鈴木隆『高橋是清と井上準之助ーーインフレかデフレか』

 インフレ積極財政論の高橋是清とデフレ緊縮財政論の井上準之助の物語。金解禁をめぐって対立した両者だが、インフレ・円安・上げ潮路線とデフレ・円高財政再建路線の対立というと、いまの政治・経済情勢と重なってくる。この経済路線の対立は最近に始まったものではないのだな。デフレ・財政緊縮路線は大蔵省・日銀の主流派のDNAに埋め込まれているように思える。やはり歴史を知ることは面白い。
 高橋が唱えたインフレ政策、井上が進めたデフレ政策、それぞれに理由があり、メリット・デメリット、効用と副作用がある。理論上は正してくても、財政緊縮路線も時期を誤れば、景気後退を不況に、不況を恐慌にしかねない恐ろしさがある。一方の積極財政論は出口が難しい。一度、膨らんだ予算はなかなか元に戻らない。この本でも、赤字国債の日銀引受という麻薬を軍部に覚えさせた結果、とめどなく国債が膨らみ、敗戦後の爆発的インフレという財政破綻に陥ったという話が出てくる。
 そして、今また、日本は巨額の国債を抱えながら、出口が見えない。軍は解体されたが、官僚コミニュティは残って、カネを飲み込み続けている(復興予算19兆円のうち2兆円が被災地以外で使われているというNHKのドキュメンタリーは衝撃的だったなあ)。歴史を読むことは、現代を考えさせることでもあるなあ。
 もう一つ、面白かったのは、経済政策と個人の関係。高橋の積極路線の背景には、愛されて育ち、何度も境地に陥りながら、脱してきた人生体験から生まれた楽観主義があるという。これに対して、愛されずに育った井上には、どこか暗い悲観主義の影がある。また、エリート教育は、上から目線をつくり、民意に疎くなる。基本的に人間の善意と可能性を信じるのか、それとも、人間は厳しく律しないと堕落すると考えるのか、人間観の対立が政策の対立につながってきている感じがする。
 そんなこんなで、歴史経済ノンフィクションというと、堅苦しい感じがするが、文章もこなれて、読みやすく、とても面白い本だった。そして、今の日本について考えさせられた。
 最後に目次を紹介すると...

第1章 幸せを持って生まれた赤子
第2章 日露の勝利を公債で買う
第3章 初めての大蔵大臣
第4章 急成長、総てはここから
第5章 恐慌を拡大した関東大震災
第6章 枢密院が起した金融恐慌
第7章 世界に出遅れた金解禁
第8章 金解禁内閣の発足
第9章 暴風に向って窓を開ける
第10章 理念は足元から崩れた
第11章 日銀引き受けという新手
第12章 明治は遠くなりにけり
第13章 ユダとなって怨念を晴らす

 「幸せを持った生まれた赤子」は高橋是清のこと。このときも震災があったのだなあ。