村山治『小沢一郎vs.特捜検察 20年戦争』

小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争

小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争

 これは面白い。帯に曰く...

全 編 特 ダ ネ
陸山会事件のルーツは「金丸ヤミ献金事件」にあった!
特捜取材30年ーー敏腕記者が初めて明かす衝撃の検察インサイドストーリー

 この宣伝文句が嘘じゃなかった。読み始めると、止まらない。小沢一郎と検察の対決というと、恩師、田中角栄が逮捕されたロッキード事件といわれるが、検察との闘争のルーツは、金丸ヤミ献金事件=東京佐川急便事件にあるという。陸山会事件をめぐる検察内部の詳細な動向も興味深いが(検察も組織である以上、一枚岩だったわけではなく、小沢一郎に対する主戦論、慎重論両者の攻防があった)、それ以上に面白いのは、今だから全部話そうといった感じの金丸事件に関する詳細なレポート。政・財・暴の関係など、小説ではない、リアルな「日本の黒い霧」の闇の深さが見えてくる。
 で、目次で内容をみると...

第1章 検察vs.小沢事件
第2章 反検察の政治家、小沢一郎
第3章 金丸「先行自白」の謎
第4章 カネの帰属をめぐる攻防と上申書決着
第5章 竹下ほめ殺しーー政・財・暴の構図
第6章 不発の政界捜査と弱り目に祟り目
第7章 国税アシストで逆転復活
第8章 小沢氏の検察批判と五十嵐氏の反論
第9章 特捜部の不都合な真実
第10章 小沢vs.国民検察

 このほかに資料編として、金丸事件当時の東京地検特捜部長だった「五十嵐紀夫氏との一問一答」、金丸事件の際の金丸信竹下登、生原正久、小沢一郎各氏の国会証言が付いている。
 資料編もそうだが、ともあれ、金丸事件については筆者の当時の取材資料に加え、東京地検特捜部長だった五十嵐紀夫氏や金丸氏の秘書で逮捕された生原正久氏に新たな取材をするなど、この事件の経緯を綿密に再検証している。東京佐川急便事件で渡邊社長から政治家に渡ったといわれる資金リスト「渡邊廣康の政治家への現金交付状況一覧表」(交付先はA元首相、B元官房長官とかアルファベットで表記されている。イニシャルではない)とか、国税庁が発見した日本債券信用銀行がつくった金丸氏のワリシン購入記録「生原氏関連割引債一覧」などが図版として付いている。まさに初めて明かす衝撃のインサイドストーリーになっている。自民党に近い検察幹部や、事件を報告すると、メディアに筒抜けになる幹部の話とか、具体的な形で検察内部の軋轢の話も出てくる。
野中広務 権力の興亡 90年代の証言 ただ、読み終わってみると、金丸ヤミ献金事件は立件されたものの、東京佐川急便事件については解明されていない部分が多いことを再認識する。政治家に渡ったカネも最後まで追及されることなく、ほとんどが闇のなかに消えていった。そして、特捜検察と並んで、もう一方のこの本の主役である小沢一郎氏の場合、金丸ヤミ献金事件での動きには不可解なところが大きい。金丸氏を守る立場であり、守る方法があったにもかかわらず、有効な手を打っていない(それは社会的には良いことなのかもしれないが)。
 反小沢系の人たちは、小沢氏について、政治家としての親ともいえる田中角栄氏を裏切ったうえ、もう一人の親父である金丸信氏も裏切ったと、王殺し・親殺しの人みたいな言い方をするが、この本を読むと、そう言われるのも、わかる気がしてくる。盟友の金丸、竹下の仲を割くような言動をしていたエピソードも出てくるし、野中広務氏の小沢批判も紹介されている。こうして読んでいると、小沢夫人の手紙のような話が出てくることも不思議でないような気もしてくるし、オセロのイアーゴーのような人物に見えてしまう。
 で、特に興味深いのは「おわりに」に書いてあった、こんなエピソード...

 実は、20年ほど前、一度だけ、小沢氏と懇談したことがある。小沢氏が自民党を離党し、新党を立ち上げる直前のころだ。ヤミ献金事件報道から約10カ月たっていた。小沢氏の後ろ盾だった金丸氏を失脚させる直接のきっかけとなったヤミ献金報道にかかわった朝日新聞の記者と小沢氏が一杯飲みながらざっくばらんに話そう、という集まりだったと記憶する。(略)
 このとき、小沢氏が上機嫌だったことが、実はずっと引っかかってきた。小沢氏が親とも慕う金丸氏の政治生命を失墜させるきっかけを作った朝日新聞と、その記事を書いた記者は、小沢氏にとっては仇敵だったはずだ。それが、わずか10カ月で、ああまで打ち解けるとは......。
 大物政治家の懐の深さなのか、とそのときは思ったが、その後、自民党竹下派時代から反小沢を標榜してきた野中広務氏の「金丸失脚=小沢謀略」説などを知るに及び、疑問が深まった。「小沢氏は、金丸氏の失脚を“黙認”していたとも言えるのではないか」と。その点も含め、今回、小沢氏に取材のお願いの手紙を差し上げたが、回答はいただけなかった。

 小沢氏の話を聞いてみたかったなあ。もう語る価値のない過去の話のなだろうか。
 なお、この本では証拠改竄など、最近の検察側の問題についても取り上げられ、特捜検察についは、この本の前に出た新潮新書「検察:破綻した捜査モデル」でも展開していた特捜検察を解体し、経済事件部を創設することを提案している。
 ともあれ刺激的な本で、過去の事件だけど、今に通じる問題を考えさせる。特捜取材30年で遭遇した他の事件についても読んでみたいという気持ちになる。
特捜検察vs.金融権力 市場検察 検察―破綻した捜査モデル (新潮新書)