田濤、呉春波『最強の未公開企業 ファーウェイーー冬は必ずやってくる』を読んで

 春頃だったか、BBCのニュースを見ていたら、ファーウェイのP9の欧州発売を取り上げていた。その直前に発売され、話題となっていたサムスンのGalaxy S7シリーズやiPhoneの強力なライバルという紹介で、ファーウェイに興味を持った。ファーウェイは中国の通信機器メーカーとして知っていたし、中国がデータを盗み見しているのではないかという噂が飛び交ったことも記憶にあった。しかし、英国のBBCが製品発表を取り上げ、アップルやサムスンのライバルとして紹介するというのはなぜ、だろうかと関心を持ち、この本を読んでみた。
 中国の企業を中国の記者が書いているわけで、日本でも企業レポートはとかく宣伝になりがちなことを考えると、割り引いて読んだほうがいいのだろうが、それでも、なかなか面白い会社で、これは海外のメディアも注目するはずだったと思った。既に、P9は日本でも発売され、人気を集めているようだが、製品自体も面白い(個人的にも、Nexus5の5年縛りが終わったら、買おうかと思っているスマホの最有力候補)。
Huawei P9 SIMフリースマートフォン (グレー) 【日本正規代理店品】EVA-L09-GREY

Huawei P9 SIMフリースマートフォン (グレー) 【日本正規代理店品】EVA-L09-GREY

 副題に「冬は必ずやってくる」とあるように、通信分野で世界有数の企業になってからも、最悪の事態を考え、自らを振り返って準備する。強かった頃の日本企業のようだ。日本企業が最強と言われた時代、企業は自分自身に弱点はないか、至らないところはないか、絶えず問い続けていた。最近は、誰かに褒めてもらいたがっているようで情けない。褒めて育つタイプと言いたいのかもしれないが、いかにも虚弱な感じがする。企業をつくれば、公開して利益を得ことに熱を上げる。グローバル化の時代、アリババをはじめ、中国の企業にしても変わらない。しかし、未公開企業として歩み、しかも、従業員持株制。社員に危機感を持たさせるためといって社長以下、全員が辞表を提出するなど、トンデモ会社的なところもあるし、社員に自殺者が出てブラック企業として批判を浴びたことも書いてある。それを改善しようと努力している。日本の自動車産業も「奴隷工場」といわれたこともあるし、進化の途上なのかもしれない。
 経営者の任正非は人民解放軍の士官だが、軍のリストラによって退役になったという(中国に軍のリストラがあったことも新鮮)。その思想は「灰度(グレーゾーン)哲学」。白か黒かと完璧を求めず、妥協しながら、前進していく。日本語にすれば「清濁併せ呑む」ということなのだろう。ただ、醜悪を認めれば、拡大していくと、自己批判にも力を入れる。欧米の企業と戦い、生き残るには「米国の靴」を履かなければいけなと、米IBMコンサルタントに業務プロセス改革にも取り組む。ともあれ、興味深い会社。欧米なり、日本なりのジャーナリスト、学者が取材、分析してくれると、うれしいのだが。
 目次を見ると、こんな感じ...

序 章 次に倒れるのはファーウェイか
第1章 孤高の経営思想家
第2章 どこまでもオープンに
第3章 開放と閉鎖
第4章 妥協という名の芸術
第5章 顧客至上主義
第6章 奮闘者だけが生き残る
第7章 灰度哲学
第8章 保守的な「革新」
第9章 自己批判
第10章 7000人の集団辞職
第11章 均衡と不均衡の極意
あとがき ファーウェイの冬

覇者の驕り―自動車・男たちの産業史〈上〉 (新潮文庫) アベノミクスが明らかにしたのは、株高・円安のアドバンテージを得ても、グローバル市場で優位に立てないほど日本のエレクトロニクス企業が劣化していたことだった。「覇者の驕り」といわれた、かつての米ビッグスリーを思い起こされる。欧米だけでなく、中国、台湾、韓国、インド、どこでも参考になる企業がいたら、学ぶことだなあ。そんなことも考えさせる本でした。
 最後に、この本、いくつも刺激的な任正非語録やフレーズがある。いくつか、抜書きすると...

完璧な人間は、必ずしも我々が求めている人材ではない。なぜなら、我々が必要としているのは競争に勝てるチームであり、個々の社員の完璧さではないからだ。

 強い頃の日本企業はそうでした。

この世を制覇したければ、様々な人間、様々な思想を受け入れなければならない。世の中に受け入れられているすべてのものを受け入れる人間だけが、本物の覇者になるのだ。

 中国の政治家にはいわれたくないが、そういう中国の経営者がいるということだなあ。日本に欠けてきているものでもある。

部下たちは人間性という万華鏡であり、それに向き合う管理者は、強靭な精神とともに寛容な懐をもっていなければならない。

確かに。

 我々は神ではないのだから、情報化社会の将来がどうなるかを正確に予測することはできない。つまり、完璧なビジネスモデルを設計することなど不可能なのだ。

 これが日本企業にはなかなかできないのだなあ。

 ファーウェイの成功の秘訣を問われた時、任は初めて「開放、妥協、灰度」という三つのポイントを列強し、それらこそが急成長の原動力であると説明した。

 灰土とは...

 合理的な灰土(グレーゾーン)の許容は、ファーウェイの発展に影響を与える様々な要素を調和させる。この調和の過程が『妥協』であり、調和の結果を『灰土』と呼ぶ

 グレーゾーンも必要だなあ、確かに。人間社会では。

 「マネジメントは科学である」という言い回しは必ずしも適切ではない。「マネジメントとは芸術である」、あるいは「リーダーシップとは芸術である」と表現する方が、実態を全面的に言い表せているのではないだろうか。

 ラグビーワールドカップで日本代表を率い、南アフリカら大金星をあげたエディ・ジョーンズは、データ主義で、科学的な練習法だったが、「コーチングはアートだ」と言っていたなあ。経営もアートかもしれない。日本はいま、変に科学主義になっている。
 業務改革について

 業務プロセス変革の実践にあたって「七つの反対」を提唱した。具体的には「完璧主義」、「難解な哲学」、「盲目的革新」、「局部的な最適化」、「大局観のない幹部が主導する変革」、「実践経験のない社員の変革への三角」、「十分な検討を経ない実践」に反対するというものである。

 「大局観のない幹部」「実践経験のない社員」による変革。自分の会社を思い浮かべる人もいるだろうなあ。

 変革とは、有り体に言えば権力の剥奪と再配分である。ゆえに、変革の最大の敵が人間、なかでもリーダーや管理職であることは間違いない。

 これも実感しているひとが多いのだろうなあ。「我が社には変革が必要だ」という、その本人が障害だったりして。

 小さな変化を継続して積み重ねる保守的な変革の方が、システム全体の最適化にとってより建設的かつ持続可能なのである。

 強かった頃の伝統的な日本の会社もそうだったかも。革命じゃなくて革新の継続。いまは、すぐに「革命」を叫んで、「革新」にもならず、持続性もなかったりして。最後に、こんな言葉も。

 技術、品質、価格、サービスなど甲乙がつけがたい時、ファーウェイとライバルの”力比べ”の勝敗は「どちらの危機意識、自己批判意識がより強いか」によって決まると言っても過言ではない。

 これも強かった頃の日本の会社の意識だなあ。実際、ファーウェイの経営者を育てたのは、日本の会社でもあるのだけど。

 日本のパナソニックを訪問した時、彼はオフィスの壁に掛かっていた一枚の絵に気付いた。そこには今にも氷山にぶつかりそうな巨大な船が描かれ、こんな言葉が添えられていた。「この船を救えるのはあなただけです」ーー。任はそれを見て大きな衝撃を受けたという。

 日本のエレクトロニクスメーカーが原点回帰すべきなのだなあ。