ヘンリー・カウフマン「カウフマンの証言ーーウォール街」

カウフマンの証言―ウォール街

カウフマンの証言―ウォール街

 ウォール街の伝説的な金融エコノミスト、ヘンリー・カウフマンの半生記にして、警世の書。金融革命、デリバティブ革命の行く末に金融危機が待っている。2000年に書かれた、この本で(邦訳は2001年)1998年のLTCM危機以上の金融危機が起こることを警告し、FRBを含め、金融監督機関が金融の新たな現実に対応する必要性を強調している。米国にとっての危機は、欧州と日本の経済が回復したときに来るだろうとの発言もある。傍線を引きながら、読んでいたら、線だらけになってしまった。
 で、そのなかから、いくつか、印象に残った部分。
 カウフマンは「デリバティブ革命を育てた経済・金融市場は、6つの重要な要素で特徴づけられる」という。その6要素とはーー
(1)インフレが世界的に衰えていること。これは金融資産ーー株も債券も同様にーーへの投資を刺激する。
(2)マクロ経済のトレンドが、右肩上がりの利回り曲線であり、それは最近年のほとんどの時期に米国やそのほか一握りの先進国で広まっている。
(3)多くの先進国経済で大規模に起こっている信用創造プロセスのディスインターミディエーション(銀行離れ)
(4)運用担当者の指示のもとで大量のリスク・キャピタルが登場してきたこと。彼らは積極的に高率のリターンを求め、さらに為替、債券あるいは株式で大きなオープン・ポジション(建玉)を積み上げることができる。
(5)最近時における多くの現物市場での異常な変動性
(6)技術進歩。風変わりな金融商品にまつわるリスクの量を計算する強力な数学的手法の発達は、デリバティブ全般の普及に役立った。それにはコンピュータを利用するコストが急降下したこともある。
 で、これらをまとめて、カウフマンはこう総括する。

 インフレの低下、利回り曲線の上昇、大規模なディスインターミディエーション、史上空前の高率を求める研究、重要な金融市場における価格変動性、そして新しいコンピュータ利用技術ーーこの基本条件の力強い組み合わせは、金融デリバティブの空前の活況を先導することになった。しかし、このよってきたる収斂のユニークさを認識しておくことが重要である。デリバティブは、条件が悪化した状況下ではどう成果を上げるだろうか。その問題はデリバティブ革命の将来に亡霊のように取りついている。

インフレ懸念の台頭をはじめ、デリバティブ活況の条件は崩れ始めている。そして、カウフマンが予言したように、この「亡霊」が世界経済を徘徊している。
 こんなフレーズもある。

金融システムを構成する要素の相互作用は、金融リスクを育てる傾向がある。その結果、投資家、企業、金融機関を焚きつけ、利益を生む新しい方法やリスクに対する新しいヘッジを探させようとする。ますますデリバティブは魅力的なオプションになってくるように見える。しかし、デリバティブはただ単にリスクを増やすという答だけではない。それ自身、金融全体像の変化の原因にもなる。

 さらに、こんなフレーズも。

 金融デリバティブの急速な増殖は、投資家や規制当局がリスクをタイムリーかつ信頼できる方法で評価する能力を上回って進んでいる。いくつかの風変わりな金融商品はしばしばあまりに複雑なので、それらを取引している人たちにもよく理解され、管理されているとはいえない。残念ながら、金融界による自己規制は過去には機能せず、おそらく将来も機能しないだろう。

 ウォールストリートを知り尽くし、その最高の知性であったカウフマンの発言だけに重みがある。カウフマンでさえ、自分の会社がどれだけのリスクをとっているかがわからなかったという。と同時に、金融機関の自制にも期待していない。その果てに何が起きたかを今、このサブプライムローン問題で見ているのだろう。
 世界経済のアメリカ化についても、カウフマンの目は醒めている。アメリカ型の経済システムは強く、世界を席巻しつつある。カウフマンはまず、メリットを総括する。

 アメリカ式の経済民主主義の強さをまとめると、変化と効率性のために強力な力学を生みだす。会社、国、地球のあらゆるレベルで資源の最適配分を促す傾向がある。起業家精神を助長し、革新と競争力を育てる。

 それがシリコンバレーに代表されるベンチャーによるイノベーション、ハイテク革命を生みだした。そうした強さを認めたうえで、こう指摘する。

かなりの便益にもかかわらず、アメリカ式のシステムは、完璧ではない。逆に、その特質を吟味しなければならない多くの複雑な難題を提起している。
 まず、アメリカ式の経済民主主義は行き過ぎの傾向が組み込まれている。(中略)
 第二に、アメリカ式は景気循環を終わらせることはない。反対に、資産価値の変動に不整合な反応を導き出す恐れがある。それはやがて適切な金融政策を策定する仕事を混乱させてしまう。(中略)
 第三に、アメリカ化は経済効率を改善するかもしれないが、中央銀行にとっては相当な問題を提起する。最大の問題は、金融政策の策定で金融資産価値の変化をどのように考慮するかということである。(中略)株価暴落という事態では、その時の経済環境を無視して金融を緩和するように、中央銀行には圧力がかかるだろう。
 最後に、アメリカの経済民主主義志望の競争者は、起業家行動によって駆り立てられている自由奔放な金融システムには、厳格で明敏な監視システムが必要であることが重要である。逆説的かもしれないが、商業銀行が信用創造システムの中心でなくなればなくなるほど、政府の監視当局、とくに中央銀行によって厳しい監視を維持することがますます重要になる。

 米国はいま、金融制度改革に乗り出している。泥棒を捕らえてから縄をなうではないが、負の側面がサブプライム問題で噴出して、監視制度の重要性に気がついたわけだなあ。というか、この問題を無視できなくなったんだなあ。