矢作直樹『人は死なない』

人は死なない?ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索?

人は死なない?ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索?

 生と死が交錯する医療現場では不思議なことが起きるらしく、酒飲み話で「幽霊はいるかどうか」という雑談になったとき、その場にいたクールで合理主義者のお医者さんの知り合いが「いる」と即答したのに驚いたことがある。そのときまで最も幽霊を信じないタイプの人間だと思っていた。で、この本の筆者の矢作直樹氏は東大病院のERの医師。副題に「ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索」とあるように、医療現場での体験をもとに、人間の生と死の不思議について思索した本。摂理というのは、人知を超えた大きな力、神といってもいいかもしれない。つまり、これは神と霊について考えた本。医学が生の科学であるならば、生を職業とする人が、死について考えた本といってもいいかのかもしれない。
 で、目次で内容を見ると...

第1章 生と死の交差点で
第2章 神は在るか
第3章 非日常的な現象
第4章 「霊」について研究した人々
第5章 人は死なない

 第3章の「非日常的な現象」では、体外離脱やら臨死体験の話も出てくる。
 で、この本のモチーフは著者によると

 人間の知識は微々たるものであること、摂理と霊魂は存在するのではないかということ、人間は摂理によって生かされ霊魂は永遠である、そのように考えれば日々の生活思想や社会の捉え方も変わるのではないかということ、それだけです。

 こうしたモチーフが病院での出来事や自分自身の体験をもとに語られる。信心深い人はよく「人間は生きているのではない。生かされているのだ」というが、確かに何が生と死を分けるのかはわからないことがある。この本にも紹介されているが、助かったと思った人の容態が急変して亡くなったり、医学的には、もう終わりと判断した人が蘇生する。この本とは関係ないが、自分の体験でも、不治の病と思われていた人が長生きして、お見舞いに行っていた健康そうだった人が脳溢血だかクモ膜下だかで急死したなどということがあった。本当に人の寿命はわからない。21世紀になって人間は何でもわかっていると思うところが傲慢で、神をも恐れぬ行為なのかもしれない。
 で、タイトルの意味は、著者によると...

 寿命が来れば肉体は朽ちる、という意味では「人は死ぬ」が、霊魂は生き続ける、という意味で「人は死なない」。私はそのように考えています。

 なるほど。ここの文章だけ読むと、「うーん...」と思う人が多いかもしれないが、「生」ばかりを見て、自分たちは何でもわかっていると思うよりも、「死」を見つめて、自分(の知識)の足らざるを知り、思索する人のほうが、人間としては豊かで健全なのかもしれない。生と死の両面を見つめることが仁術しての医には必要なのかも。ただ、死ばかりを見ていても、おかしくなってしまうから、やはり生と死のバランスは重要なんだろうなあ。よく生きるために、死をよく考えるということか。