「リンカーン」

 ダニエル・デイ=ルイス主演、スティーブン・スピルバーグ監督で、南北戦争終結を前に奴隷制廃止を憲法の修正条項に盛り込むためのリンカーンの苦闘を描く。奴隷制廃止の戦いは、南北戦争の戦場だけでなく、ワシントンの議場でも繰り広げられていたのだ。そして北部での政治家との戦いは南部との戦争と同様に激し勝った。リンカーンは理想を掲げるだけでなく、票を得るためならば、手段を選ばない。和平交渉を引き伸ばし、民主党の議員を職で釣り、味方である共和党の議員まで特に欺く。言論だけで成し遂げた成果ではないのだなあ。
 マックス・ウェーバーが『職業としての政治』の中に、こんな一節がある。

政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。もしこの世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ可能なことの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。しかし、これをなしうる人は指導者でなければならない。いや指導者であるだけではなく、−−はなはだ素朴な意味での−−英雄でなければならない。そして指導者や英雄でない場合でも、人はどんな希望の挫折にもめげない堅い意志でいますぐ武装する必要がある。そうでないと、いま、可能なことの貫徹もできないであろう。自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が−−自分の立場からみて−−どんなに愚かであり、卑俗であっても、断じてくじけない人間、どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間、そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。
マックス・ヴェーバー著、脇圭平訳『職業としての政治』(岩波文庫

 まさにリンカーンは政治家が天職だったのだなあ。その政治家としての情熱と苦悩をダニエル・デイ=ルイスが静かに演じ切っている(メークアップもあるが、写真で見るリンカーンに異様に似ている)。アカデミー賞主演男優賞をとったのもわかる。
職業としての政治 (岩波文庫) 職業としての政治/職業としての学問 (日経BPクラシックス)