「アルジェの戦い」ーーテロの生態学
初めて見たときには衝撃を受けた。そして、なにかテロ事件が起きるたびに、この映画を思い出す。
「ジャッカルの日」が暗殺の生態学ならば、こちらはテロの生態学といいたくなる映画。フランスからの独立を目指したアルジェリア戦争、民族解放戦線と治安当局の暴力の応酬をドキュメンタリータッチで描く。初めて見たときに衝撃を受けたといったのは、その「憎悪」の激烈さ。植民地支配に対する「憎悪」が暴力による解放運動をエスカレートし、それに対抗して治安当局も暴力で応酬。テロはやがて市民をも対象とした無差別テロへと、暴力が暴力を生んでいく。
民族自決・独立闘争の物語というと、どこかロマンを感じるところがあるが、この映画で描かれるのはむき出しの憎悪と暴力。そのエネルギーに圧倒されてしまった。明治維新にしても「勤王の志士」、幕府に忠誠を尽くす新選組と、ある種、ロマンのある物語となりがちだが、現実には京都の街はテロの応酬で血塗られ、「アルジェの戦い」ならぬ「京の戦い」だったのかとも考えてしまう。
この映画を「テロの生態学」といいたくなるのは、警官に対するテロが最後は無差別テロへと走ってしまう民族解放戦線側のモメンタムだけでなく、テロと対抗するために拷問も辞さないフランス治安当局の対テロ戦術の内実も描いているため。電気ショックに水責め。911後のアメリカも拷問に走ったわけで、テロ対策は21世紀になっても、この映画で描かれたアルジェリア戦争のころと変わらないところがある。
暴力が暴力を生む。非道なテロに対抗するために、守る側も非道な手段を辞さない。テロというのは、社会を倫理的に荒廃させる。攻める側も守る側もダークサイドに落ちていく。守る側が民主的な国家であるほど、人権無視の治安対策に社会は動揺する。攻める側はそれが狙いともいえ、テロはまさに悪魔の戦術ともいえる。
映画では、テロ組織の壊滅に治安当局は成功するのだが、最後には民衆の大規模デモ(蜂起)が起き、独立への道が開かれる。結局のところ、テロリストたちの目的は達成されたとみるべきなのかどうか。テロは大衆を動かす種火ともみえてしまう危険な映画といえないこともない。DVDやBlue-rayは出ているようだが、テレビでは放映できないだろうなあ。
ともあれ独立運動を描いた力強い傑作。テロと反テロのメカニズムを知ることができる、怖い映画でもある。テロが生まれる心理と論理。反テロもまた過激な暴力に走る心理と論理。その双方を見ることができる。
宮田律『物語 イランの歴史』を読むーー帝国の記憶を持つイスラムの大国
米国やサウジから敵国視されるイランってどんな国なんだ、と思って、読んでみた本。
なるほど、こんな国だったのだ。イランは副題に「誇り高きペルシアの系譜」とあるように、かつて帝国だったペルシアの記憶をもつ国なのだ。「帝国の版図は、西はアフリカ大陸北部、現在のリビアにまで伸び、ヨーロッパはギリシアの一部、さらに東は現在のアフガニスタンやパキスタンをも包摂するほどだった」という。広大な帝国だったのだ。
だから、プライドも高い。サウジ・アラビアは所詮、石油で一発当てただけの盗賊(ベドウィン)の末裔。トルコは、軍事自慢の筋肉マッチョみたいに見えるらしいし、歴史を見れば、そう考えるのもわからないではない。中東のなかでも、かつて世界史のトップを走った歴史をもつイランと周辺国とでは格が違うのだな。そう考えると、中東の盟主のように他国に干渉する行動をとるのもわかるし、オイルパワーによって現代中東の盟主と自認しているサウジがイランを嫌うのもよくわかる。加えて、スンニ派とシーア派の対立もある。
やはり歴史を知ることは大切なのだなあ。で、目次をみると
続きを読むボブ・ウッドワード『恐怖の男』ーーこれを読めば、トランプ政権の行動原理がわかる
トランプ大統領が突如、シリア撤退を宣言し、アフガニスタンからも軍を引き上げようとする。これにキレて、マティス国防長官は辞任。一方、米中冷戦は激化するばかりで経済にも影響が出始めてもトランプは意に介さない。さらに政府機関を閉鎖してでも国境の壁にこだわる。でも、この本を読んでいれば、トランプ政権でどんな話が出てきても驚くことはなくなる。その本は...
ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件のスクープで知られるボブ・ウッドワード*1が内部情報をこってり盛り込んで描くトランプ政権の実態。出版された当初から、話題を集めていた問題の本であることは知っていたが、いまさらトランプのゲスな話をこれでもか、これでもか、と書かれても読む気がしないな、と敬遠していた。例えば、この本がそうだったから...
- 作者: ワシントン・ポスト取材班,マイケル・クラニッシュ,マーク・フィッシャー,野中香方子,森嶋マリ,鈴木恵,土方奈美,池村千秋
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/10/11
- メディア: 単行本
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ワシントン・ポストの取材班が、子供時代を含めてトランプの人間像を明らかにする。よく取材してあるとは思うものの、紹介されるエピソードがどれもこれも、あまりにもゲスで、最後まで読み通すことができなかった。大統領選中の言動からイメージした人物そのままなゲスぶりで、読む時間が無駄のような気がしてしまった。実はああ見えて...というところがないのがすごい。
そんなわけで米国の歴代政権の内部情報に精通した調査報道の雄、ボブ・ウッドワードの本とはいえ、最初は読む気がしなかったのだが、読書家の知り合いが、ウッドワードらしい面白いルポルタージュで、トランプ政権の構造が理解できるよ、と話しているのを聞いて、読んでみた。そして...。やっぱり面白い。
紹介されるファクト、エピソードの面白さ、ストーリーテラーとしての巧みさもあるが、それ以上に、トランプ政権を群像劇として描かれているところが興味深い。どのように政策が生まれ、実行されていくのか。そこにトランプの性格、個性、そしてトランプを取り巻く政権スタッフの性格、識見、野心が絡んでいくのか。選挙中はあんなでも、大統領になれば、変わるという期待はことごとく崩れ、「良識的」「常識的」とみられたスタッフは疲れ果てて、次々と政権を去っていく。
*1:映画「大統領の陰謀」では、ロバート・レッドフォードが演じていた
「マルホランド・ドライブ」ーー面白いと思うけど、説明しろといわれると...
デヴィッド・リンチの伝説的カルト映画、遅ればせながら見ました。
確かに面白い。リンチ独特の世界に引き込まれる。何が現実で何が幻覚か、映画らしい映画といえるのかもしれない。かなりアヴァンギャルドなつくり。しかし、どんな映画か、説明しろ、といわれると、難しい。何度も見て、少しずつわかっていく映画なのかも。あるいは、もともとわかる必要はなく、体験することなのかな。この映画でブレイクしたナオミ・ワッツは体当たりの熱演。
【追記】
この映画、ナゾだったのだが、町山智浩の「映画その他ムダ話」に、デビッド・リンチ監督にも取材したという解説があった。これを聴くと、ああ、そういうことだったのね、と。ネタバレありの解説なので、一度、見てから、聴くといい。何じゃ、この映画と思っている人(私もでしたが)にオススメです。
東京五輪買収疑惑でJOC会長が記者を謁見。ブラック・タイディングス、こんな会社なのに...
どんな記者会見になるのかと思ったら、会見ではなく、謁見でした。
2020年東京五輪・パラリンピック招致を巡る不正疑惑で、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長(71)が15日、東京都内で記者会見し、改めて身の潔白を主張した。フランス司法当局が捜査中であることを理由に質疑は受け付けず、会見は7分で終わった。
JOC、以前からシンガポールの会社、ブラック・タイディングスへの支払いをコンサルタント料と説明しているが、今回の疑惑が発覚したのは、ロシアのドーピング問題から。それもドイツ公共放送ARDの調査報道で、ドーピング疑惑のカネに絡んでブラック・タイディングスの怪しい実態が暴露されたことに端を発している。ドイツの取材班はシンガポール現地に突撃取材しているが、YouTubeに、このドキュメンタリーをアップしている人がいた(いずれ削除されるかな)
https://www.youtube.com/watch?v=lpiUm26ffzo
ここでは「ドーピングの秘密」になっているが、Jスポーツなどで放送されたときは「ドーピングにまつわる秘密文書」だった。約60分の番組が6つに分けてアップされているが、ブラック・タイディングスが登場するのは、この6-5の6分ぐらいから。怪しさ満載。絵に描いたようなペーパーカンパニー。JOCがこの動画をYouTubeで見つけたら、削除依頼を出すかもなあ。まずいもんなあ。
でも、YouTubeで削除しても、この調査報道をしたHajo Seppeltのサイトに、このドキュメンタリーのアーカイブがあるんだよねえ。日本語字幕がないから、難しいけど、こちらだと46分過ぎあたりから。もう隠せないよねえ。
http://hajoseppelt.de/2014/12/doping-top-secret-how-russia-makes-its-winners/
そもそもロシアの国家ぐるみのドーピングが発覚したのは、2014年12月に放映されたこのドイツ公共放送の調査報道番組がきっかけ*1。そして、疑惑のブラック・タイディングスを調べているうちに今回の東京五輪買収疑惑が浮上した。東京オリンピック2020の決定は、2013年9月だから、この調査報道が炸裂する1年以上前。ロシアのドーピング疑惑取材からから飛び火してくるとは考えてもいなかっただろうなあ。
JOC、ブラック・タイディングスにカネを支払ったこと自体は否定せず、コンサルタント料と説明しているのだが、苦しいなあ。どのようなコンサルティングを誰からどのように受けたのか。興味あるところだけど、その資料は残っているのだろうか。電通の役割は? 記者だったら、聞きたいことはいっぱいあったと思うけど。
JOCの会長が、これだけ不利な状況で記者会見するのはなかなかの度胸だと思ったが、声明文を読み上げて、記者を謁見するだけだったとは...。日本のメディアは忖度してくれても、この疑惑を数年前から追っている英ガーディアンをはじめ、仏ル・モンドの記者など外国人記者の質問は容赦ないだろうし、どうするんだろうと思ったら、質問を受ける気など最初からなかったんだなあ、きっと。
外国人だけ締め出して記者会見するのかと思ったら、日本人も無視だったんだ。何だか疑惑を深めただけみたい。しかし、平成末期らしいといえば、平成末期っぽい記者謁見だったけど、最近はよく見る風景だなあ...。でも、日本では通用しても、今度は世界のメディアが相手だから...。
しかし、改めてドイツ公共放送の調査報道はすごかったと感心する。NHKもドキュメンタリーは良いものをつくっているんだから、報道がやらないんだったら、ドキュメンタリーの取材班がドイツ公共放送並みの取材力を発揮して、つくらないのだろうか。無理かなあ。見たいなあ。もう、そんな気概もエネルギーもNHKには残っていないか。街角で72時間取材するだけかな。
サン・テグジュペリの「ちいさな王子」を読む。おとなのための寓話だったのかも
若いときに何度も読みかけては挫折した本が、歳をとると、すっと読めてしまうことがある。個人的には、この本...
サン=テグジュペリの「Le Petit Prince(ちいさな王子)」。昔から有名な作品でファンも多い。小学校か、中学校か、高校か、何度も読もうと思った。そのときは、こっちの本。
- 作者: サン=テグジュペリ,Antoine de Saint‐Exup´ery,内藤濯
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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内藤濯訳版の「星の王子さま」。蛇が象を飲み込んだ帽子のような絵に始まる、この本のバオバブの木あたりで、いつも挫折してしまって、ついに読み通せなかった。大学のときは、フランス語の授業で、この本を読まされることになった。
Le Petit Prince (French Edition)
- 作者: Antoine de Saint Exupéry
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原書の「Le Petit Prince」。しかし、こちらも雑談の多い先生だったためか、やはりバオバブのあたりで終わってしまった。だから、「星の王子さま」、Le Petit Princeというと、すぐに頭に浮かぶのは「バオバブ」だった。この本で初めて「バオバブ」という変な名前の樹木があることを知ったためかもしれない。そのインパクトのほうが強かった。
2005年に岩波書店の翻訳出版権が消え、「星の王子さま」から原題に忠実な「ちいさな王子」の翻訳新刊ラッシュになったことも知ってはいたが、特にサン=テグジュペリに思い入れがあるわけでもなく、読もうとも思わなかった。それが、この年末年始に何となく野崎歓訳の光文社古典新訳文庫版を読み始めたら、面白くて、最後まで一気に読んでしまった。この古典新訳文庫シリーズは読みやすい本が多くて好きなのだが、これも当たりだった。
訳がいいこともあるのだろうが、もうひとつ、思うのは、冒頭で、サン=テグジュペリ自身が「この本をおとなに捧げてしまったことを、こどもたちにあやまらなければならない」と書いているように、これはおとなのための寓話なのだなあ。早くおとなになりがたっている子供のころや、まだおとな経験が未熟なころには、感じるところが少なかったのかもしれない。学校の頃は、何でもわかっていると勘違いしている、ひねくれたガキだったし...。読むには早かったのだなあ。
有名な一節...
心で見なくちゃ、ものはよく見えない。大切なものは、目には見えないんだよ
いまは実感としてわかるものがある。目に見えるものに囚われて、失敗した経験も積んだから。こどものころは、ただのきれいごとにしか聞こえなかったのだろう(もっとも、このことばが出てくるところまで読んでいなかったが)。
あるいは、1日1分で自転する星で、律儀に街灯を点けたり、消したりし続けている点灯係に会った王子のことば...
あの人は、ほかのみんなに馬鹿にされるんだろうな。王様にも、うぬぼれ屋にも、のんべ えにも、ビジネスマンにも。でもぼくには、あの人だけはこっけいに思えなかった。それはきっと、あの人が自分以外のもののことを気にかけていたからなんだ
これは、おとなとなって忘れたもの、失ってしまったものを思い出させてくれる本なのだと改めて思った。だから、こどものころに読んでも、ピンとこなかったのは、訳のせいばかりとはいえない気もする。
最後にもうひとつ、今になって気がついたのだが、サン=テグジュペリのことをずっと「サン=テクジュベリ」だと思い込んでいた。「Saint-Exupéry」だから、当然、「べ」じゃなくて「ペ」だったのに...。「Le Petit Prince」という名前はフランス語の授業の成果で覚えていたのだが、著者の名前が「b」じゃなくて「p」であったことに今回、本を読むまで気が付かなかった。
「ミラーズ・クロッシング」再見。コーエン兄弟といえば、やはりこれだなあ
久しぶりに再見しました。
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コーエン兄弟の「ミラーズ・クロッシング」。コーエン兄弟に注目したのは、このスタイリッシュなハードボイルド映画を見てから。この映画で、ガブリエル・バーンのファンになった。アルバート・フィニーは渋い。コーエン映画の常連となるジョン・タトゥーロやスティーブ・ブシェミといった個性派も出ている。役者も監督も脚本も映像(撮影)も音楽もともかく好きな映画。ムードがある。
コーエン兄弟の映画は実際のところ、玉石混交というか、傑作と凡作が混在する感じがするのだが、個人的には「ファーゴ」と「ノーカントリー」と、これだなあ。ただ、コーエン兄弟、その後は、この手のちょっとレトロなハードボイルド・ギャング映画は作っていない様子。レイモンド・チャンドラーとか、ダシール・ハメットとかを原作とした映画をつくると、面白いと思うけど。