ムラー報告書で描かれたホワイトハウスで思い出すのは、この本ーーボブ・ウッドワードの『恐怖の男』

 ロシア疑惑を操作していたムラー特別検察官の報告書。トランプ大統領はクロとはならなかったが、先日、公開された全文を読むと、かなりグレーであることがわかる。特に目を引くのは司法妨害に関する部分...

 報告書によると、トランプ氏は司法妨害をしようと側近たちに指示を出していたが、側近たちはトランプ氏の指示を実行せず、司法妨害が起きるのを未然に食い止めていたことがわかった。それについて、報告書にはこう記されている。

「捜査に影響を与えようとする大統領の取り組みはたいてい成功しなかった。大統領の側近たちが指示を実行したり、リクエストに応じたりするのを拒否したからだ」

ロシア疑惑 公開されたムラー報告書の中身 「大統領としては終わりだ」とトランプ氏(飯塚真紀子) - 個人 - Yahoo!ニュース

  要するに、トランプはムラー特別検察官の解任などロシア疑惑捜査を妨害しようとしたが、命じられた法律顧問が辞任したり、実行に移されることはなかったという。側近たちが実行しなかったから、法的には問題にはならないのかもしれないが、大統領として問題はないのか。そこは議会の仕事なのだろうなあ。

 で、この話を読んでいて、この本を思い出した。

FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実

FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実

 

  ウォーターゲート事件をスクープした調査報道記者、ボブ・ウッドワードによるトランプ政権の内幕本。この本、トランプの無茶苦茶な指示に抵抗し、疲れ果て、政権を去っていくスタッフたちの物語が大半を占める。ムラー報告書を見ていると、ウッドワードがレポートした政権の姿は正しかったのだと改めて思う。さすがの取材力。

 と同時に、スタッフたちが命令を実行しなかったことで大統領が違法行為を問われなかったり、国益を損なわずに済んだりしていることで安堵していていいのかどうか。国民が選んだ大統領の命令にスタッフが従わないというホワイトハウスの現状というのは、どうなんだろう。異常な時代に生きているのだなあ。改めて、そう思う。

yabudk.hatenablog.com 

エーコ、カリエール『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』を読む。電子は儚く、紙は末永く

 週末、ネットを見ていたら、こんな記事が出ていた。

マイクロソフトは2日、マイクロソフト・ストアでの電子書籍の販売を中止し、電子書籍事業を閉鎖すると発表した。つまり、このサービスを通じて買った電子書籍は今後、読めなくなってしまう。

マイクロソフトが電子書籍事業を廃止、本は消滅……デジタル時代の「所有」とは? - BBCニュース

 マイクロソフト電子書籍事業をとりやめるので、このサービスを通じて買った本が読めなくなるという話。すぐに、この本を思い出した。

もうすぐ絶滅するという紙の書物について

もうすぐ絶滅するという紙の書物について

 

 ジャン=フィリップ・ド・トナックの司会で、ウンベルト・エーコジャン=クロード・カリエールが対談した、本に関する本。エーコはご存知、『薔薇の名前』で知られる小説家にして記号学者。カリエールは知らなかったのだが、「昼顔」「小間使いの日記」「ブルジョアジーの密かな楽しみ」などのルイス・ブニュエル映画のシナリオを手がけて人で、『珍説愚説辞典』の著者でもある。ふたりとも稀代の古書収集家であると同時に博学多彩な人。

 インターネットが成長し、電子書籍が話題になり始めた2010年(Kindle前夜かな)の本なのだが、そのなかに、こんな話が出てくる。

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ジム・ロジャーズ『お金の流れで読む 日本と世界の未来』

 ジム・ロジャーズのアベノミクスへの評価を知りたくて、読んでみた。

お金の流れで読む 日本と世界の未来 世界的投資家は予見する (PHP新書)

お金の流れで読む 日本と世界の未来 世界的投資家は予見する (PHP新書)

 

 まず、目次で内容を見ると...

序 章 風はアジアから吹いている

      ーーただし、その風には「強弱」がある

第1章 大いなる可能性を秘めた日本

第2章 朝鮮半島はこれから「世界で最も刺激的な場所」になる

第3章 中国ーー世界の覇権国に最も近い国

第4章 アジアを取り囲む大国たち

      ーーアメリカ・ロシア・インド

第5章 大変化の波に乗り遅れるな

第6章 未来のお金と経済の形

   風はアジアに吹いているというが、日本ではない風情。第1章の「大いなる可能性を秘めた日本」というタイトルだけをみると、日本のことをほめているようだが、中身を見ると「日本の未来を世界史から照射する/閉じた国は亡び、開いた国は栄えるーー歴史の必然」、「日本の好景気はうわべだけ/じきにこの国を蝕む重い病とは」「移民を受け入れる国は栄え、拒む国は亡びる/いかに社会への影響をコントロールするかを考えよ」といった具合。

 アベノミクスについては「いつか「安倍が日本を駄目にした」と振り返る日が来る」と厳しい。アベノミクスの最大の成果といえば、株高だが...

いまの日本の状態は、「紙幣を刷れば株価が上がる」という市場の原理に則っているだけだ。金融緩和が続く限りこの好景気も続くだろうが、根本的な解決策にならないことは、先ほどのアメリカ、イギリス、ドイツの例を見たらわかる。紙幣を刷りまくっても駄目なのだ。アベノミクスが成功することはない。

 あらあら、断言されちゃった。だから「私がもし10歳の日本人なら、ただちに日本を去るだろう」となる。金融政策と財政政策だけでは限界があるといわれながら、政権発足から6年を過ぎても、いまだに成長戦略は見えてこないのだから、ジム・ロジャーズに見限られても仕方がないか。少子高齢化の問題にしても、この6年余りで、どんな手が打たれたか...。日銀だけでマーケットをどこまで支えきれるのか。投資家の心理は揺れ動き、最近のマーケットは神経質になっているのかな。4月末からの10連休もあるしなあ...。怖くて買えないよなあ...。

 一方、興味深いのは、朝鮮半島の潜在成長力に着目していること。北には資源があり、南には製造業がある、ということは以前からいわれていたが、南北が統一されると、少子化に悩む韓国が北朝鮮の若年労働人口出生率回復の面でも助けられるとみている。そういう見方もあるのか、という感じ。国の成長力を考えるとき、人口動態はポイントになるのだなあ。

 資本主義は絶えず成長のフロンティアを探し続けるといわれるが、国際社会から排除されていた北朝鮮は資本主義にとっての最後の未開拓地とみることもできるのかもしれない。ハノイで開かれた米朝首脳会談で、北朝鮮との交渉はひとまず暗礁に乗り上げた雰囲気で、まだまだリスクはあるが、ハノイ会談のときも欧米の経済界のなかには北朝鮮でのビジネスチャンスに前のめりになっている雰囲気があった。どうして、そんな動きが出てくるのかは、このジム・ロジャーズの本を読むと、よくわかる。

 独裁であるかどうか、人権問題はどうかといったことは、ジム・ロジャーズにとっては関心の枠外。金の流れとは関係ないといってしまえば、そんなものなのかもしれないが、身も蓋もないというか、ちょっと切ない感じもする。

 ともあれ、ちょっと違うんじゃないの、とツッコミを入れたくなるところもあるが、こんな見方もあるのかと、今までとはちょっと違う視点を提供してくれるところは刺激的。そこがジム・ロジャーズの魅力でもある。で、当たるも八卦、当たらぬも八卦。5年後、10年後には答えがわかる。

「ROMA/ローマ」ーー圧倒的な映像の力。そして、映画の中に登場した映画

 先日発表された2018年のアカデミー賞で、外国語映画賞、監督賞、撮影賞を獲得した映画。

www.netflix.com

 アルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA/ローマ」。撮影賞もキュアロン。NETFLIXの映画であることも大きな話題となった。この映画、思っていた以上のすごい映画だった。モノクロだし、主人公は地味な家政婦だし、いい映画なんだろうが、淡々としたアート系で眠くなるのではないかと思っていたのだが、そんなことはなかった。冒頭から圧倒的な映像の魅力に引き込まれる。そして、その力は最後まで衰えない。久しぶりに映画の力を感じる映画だった。これはすごいものを見てしまった。

 アカデミー外国語映画賞にノミネートされた「万引き家族」、今回は相手が悪かった。作品賞と両方とっていてもおかしくない。映像芸術のクオリティという点から言えば、もはや劇場用映画もネット映画も垣根はない。テレビは、はるか彼方に置き去りにされた感じ。そうしたことも感じさせる映画だった。

 キュアロン監督はNETFLIXの「監督からのメッセージ」で、この映画はきわめてプライベートな映画(半自伝的な映画)だが、観客のみなさんの思い出と共有できるものがあるのではないか、というようなことを話していて、何を言っているのか、よくわからなかったのだが、映画を見ると、その意味がわかる。映像のなかに、どこか自分が見てきた風景が蘇ってくるのだ。例えば...

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データを見ると、アメリカって宗教国家って気も

 イアン・ブレマーのTwitterはデータが豊富で面白いのだが、こんな数字が...

 神の存在を確信している人がどれだけいるかという国別データ。アメリカは国民の63%で、アルメニアに次ぐ。イタリアとかスペインとかはカソリックで信仰心が厚そうな印象があったが、イタリア26%、スペイン25%。その倍以上というわけで、かなり高い。英国12%、フランス11%と比べると、ダントツ。

 アメリカってグローバル・スタンダードの基準のように見られがちだが、世界から見ても、宗教色の強い、かなり特異な国家なのだなあ。そんなことを改めて考えさせられる。やっぱり、アメリカと宗教の関係を考えないと、アメリカの政治、社会を理解することはできないのかもしれない。いまや北朝鮮よりもイランが敵なのも、そんなところに遠因があるのだろうか。韓国の文在寅大統領はカソリックだけど、宗教的なバックグラウンドは有利に働くのか。アメリカと宗教の関係をとりあげた本が多いのもわかる。

アメリカと宗教―保守化と政治化のゆくえ (中公新書)

アメリカと宗教―保守化と政治化のゆくえ (中公新書)

 
宗教からよむ「アメリカ」 (講談社選書メチエ)

宗教からよむ「アメリカ」 (講談社選書メチエ)

 
熱狂する「神の国」アメリカ 大統領とキリスト教 (文春新書)
 

 

 

 

建国記念日の朝、雪がちらついているのを見て、思い出した映画

 朝、起きたら、雪が降っていた。建国記念日の雪といって思い出す映画は...

あの頃映画 日本春歌考 [DVD]

あの頃映画 日本春歌考 [DVD]

 

 大島渚監督の「日本春歌考」。建国記念日が始まったのは、1967年2月11日。この日は雪で、東京は7ミリの積雪*1。この歴史的な日にロケを決めていたと思うのだが、偶然、雪が降ったことで印象的な映像になった。昔、大島渚特集をやっていた、どこかの映画館で見た記憶があるのだが、映画の筋は忘れてしまった。ただ、建国記念日(映画に出てくるのは紀元節復活反対デモだが)に雪という映像だけが印象に残って、建国記念日の雪というと、この映画を思い出す。

 YouTubeに予告編があったのだが、やはり、筋はまるで覚えていない。


日本春歌考(予告)

 予告編を見ると、何だか、全共闘時代の映画っぽいなあ。70年安保前夜、67年の映画だからなあ。この映画、大島渚のATG時代の映画かと思っていたら、まだ松竹だった。寅さんやら、釣りバカやらの松竹が、こうした映画を作っていたのって時代だったんだなあ。タイトルもタイトルだけど、予告編もヨサホイ節(春歌)。かなり挑発的だなあ。

 出演陣を見ると、伊丹十三、この頃はまだ一三(いちぞう)だった。ウィキペディアを検索してみたら、伊丹夫人の宮本信子も出ていた。

 ★ 日本春歌考 - Wikipedia

ナイジェル・ウォーバートン『若い読者のための哲学史』を読むーー哲学者はときに世間にとってうるさいアブか

 もう全然、若くはないのだけれど、読んでしまいました。

若い読者のための哲学史 (Yale University Press Little Histor)

若い読者のための哲学史 (Yale University Press Little Histor)

 

 『ソクラテスの弁明』を読んで、哲学に関心をもち、その歴史を読んでみたくなった。この本はイェール大学出版局「リトル・ヒストリー」シリーズの1冊。大学生のための入門書として書かれたのかどうかはわからないが、中学・高校生でもわかりそうなぐらい読みやすく書かれた本だった。それぞれの哲学者がどのようなテーマを追って、どのような思考をしてきたかが平易な文章で書かれている。こういう入門書は欧米の得意とするところで、とっつきやすい。

 この本をざっと読んでみて、さらに興味があれば、原点を読んでいくということなのだろう。内容はソクラテスから現代のピーター・シンガーまで幅広い。哲学者だけでなく、ダーウィンフロイトのように、その後のものの考え方に影響を与えた人も紹介する。

 目次で登場人物をみていくと、こんな具合。

 1.質問し続けた男(ソクラテスプラトン

 2.真の幸福(アリストテレス

 3.わたしたちは何も知らない(ピュロン

 4.エピクロスの園エピクロス

 5.気にしないことを学ぶ(エピクテトスキケロセネカ

 6.わたしたちを操るのは誰か(アウグスティヌス

 7.哲学の慰め(ボエティウス

 8.完璧な島(アンセルムス、アクィナス)

 9.キツネとライオン(ニッコロ・マキャベリ

10.下品で野蛮で短い(トマス・ホッブス

11.これは夢なのだろうか(ルネ・デカルト

12.賭けてみよ(ブレーズ・パスカル

13.レンズ磨き職人(バルーフ・スピノザ

14.王子と靴直し(ジョン・ロックトマス・リード)

15.部屋の中のゾウ(ジョージ・バークリー、ジョン・ロック

16.すべての可能世界のうちで最善のもの?

   (ヴォルテールゴットフリート・ライプニッツ

17.想像上の時計職人(ディヴィッド・ヒューム)

18.生まれながらにして自由(ジャン=ジャック・ルソー

19.バラ色の現実(イマヌエル・カント①)

20.「誰もがそうするなら?」(イマヌエル・カント②)

21.功利的至福(ジェレミーベンサム

22.ミネルヴァのフクロウ(ゲオルク・W・F・ヘーゲル

23.現実の世界(アルトゥル・ショーペンハウアー

24.成長するための空間(ジョン・スチュアート・ミル

25.知性なきデザイン(チャールズ・ダーウィン

26.命がけの信仰(セーレン・キルケゴール

27.団結する万国の労働者(カール・マルクス

28.だから何?(C・S・パース、ウィリアム・ジェームズ)

29.神は死んだ(フリードリヒ・ニーチェ

30.仮面をかぶった願望(ジークムント・フロイト

31.現在のフランス国王は禿げているか(バートランド・ラッセル

32.ブー! フレー!(アルフレッド・ジュールズ・エイヤー)

33.自由の苦悩(ジャン=ポール・サルトル

     シモーヌ・ド・ボーヴォワールアルベール・カミュ

34.言葉に惑わされる(ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン

35.疑問を抱かなかった人(ハンナ・アーレント

36.間違いから学ぶ(カール・ポパー、トーマス・クーン)

37.暴走列車と望まれないバイオリニスト

   (フィリッパ・フット、ジュディス・ジャーヴィス・トムソン)

38.無知による公平(ジョン・ロールズ

39.コンピューターは思考できるか

   (アラン・チューリングジョン・サール

40.現代のアブ(ピーター・シンガー

  哲学史といっても、西欧哲学史。西欧ではキリスト教の普及後、世界認識に神の問題が大きかったことを改めて知る。そして、読んでいるうちに、宗教的基盤の異なる東洋哲学、イスラム哲学の歴史についても知りたくなる。このあたりは井筒俊彦の本を読むべきなのだろうか。

東洋哲学覚書 意識の形而上学―『大乗起信論』の哲学 (中公文庫)

東洋哲学覚書 意識の形而上学―『大乗起信論』の哲学 (中公文庫)

 
イスラーム哲学の原像 (岩波新書)

イスラーム哲学の原像 (岩波新書)

 

 でも、井筒俊彦の本は難しそうだな。

 ともあれ、ナイジェル・ウォーバートンの本、読みやすくて、西欧哲学の流れを知る入門書としては良かった。哲学は、静かな学問のようでいて、真実、本質について突き詰めて考えいくことは、ときとして人々の神経を逆なでし、世間をざわつかせることもある。それはソクラテスピーター・シンガーに共通しているという。しかし、アブのようにうるさく、うっとうしい哲学者が発する設問から、物事は新たな様相を見せ、いままで気が付かなかった問題の本質を教えてくれることもある。伊丹万作いうところの「だまされる」という悪*1に陥らないためには、哲学者のように考えることも必要になる。

 そういえば、最近もこんなことが...

東洋大学が、元総務大臣でグローバル・イノベーション学科教授の竹中平蔵氏(67)を批判する立て看板を21日に校内に立て、ビラを配った文学部哲学科4年の船橋秀人さん(23)に「退学」を示唆するような発言をしていたことが24日、分かった。

竹中氏批判の東洋大学生語る「組織の問題を指摘」 - 社会 : 日刊スポーツ

  哲学科の学生...。ソクラテスの教え子らしく、世間をざわつかせているのかもしれない。哲学って静かな学問かと思っていたが、過去の歴史を振り返ってみると、挑戦的で、ときにイラッとさせ、そして、そのあとに深く考えるきっかけをつくってくれる学問なのだろう。