Ari Folman, David Polonsky「WALTZ WITH BASHIR」

Waltz with Bashir: A Lebanon War Story

Waltz with Bashir: A Lebanon War Story

 「おくりびと」とアカデミー外国語映画賞を争った(そして、本命と言われていた)イスラエルのアニメ映画「WALTZ WITH BASHIR」(バシールとワルツを)のノベライズ。正確にはグラフィック・ノベル化。今のところ日本で公開される気配もなさそうなので、こちらを見ることにする。原画は同じ。そこに、コミックのように吹き出しをつけた作品だが、これはこれで一つの作品となっている。
 1982年のレバノン戦争に参加した主人公が、失われてしまった当時の記憶を辿り、最後はパレスチナ難民キャンプでの虐殺事件(サブラ・シャティーラ事件)に行きつく。イスラエルにとって、中東での戦争は自衛のための「聖戦」で、何の迷いもないものかと思っていたら、そうではなかった。19歳や20歳で参戦した兵士には心に深い傷を残している。イスラエル兵というと、勇猛果敢という気がする野だが、この本を読むと、恐怖から目標も定かではないままに、とにかく機関銃を乱射したり、ベイルート市内を走ってくるベンツを銃撃して、蜂の巣にし、中の死体を見たら、家族連れだったという話が出てくる。ベトナム戦争イラク戦争での米軍の行動を思わせるものがある。
 80年代は、すでにイスラエルにとっても、建国当時の戦争と違い、豊かな国の戦争で、日常と戦場の落差は一段と激しくなっていたんだなあ。おまけに、19歳とか20歳で戦場に駆り出すというのは、ベトナム戦争と同じような風景に思えてくる。イスラエルに対するイメージが変わる。スパルタのような国ではないわけだ。
ペルセポリスI イランの少女マルジ パレスチナ難民キャンプの虐殺は直接、手を下したのはファランジスト(キリスト教民兵)だが、難民キャンプを包囲していたのはイスラエル軍で、虐殺が行われた夜に照明弾を打ち上げ、中で何が行われていたかを知っていたのに止めようとしなかった。前線の兵士やジャーナリストは、現地での状況を上官や政府高官に伝え、止めようとする者もいたが、その声は黙殺された。結局のところ、虐殺の当事者ではなかったとしても、黙って見ていたことは「ナチと同じ役割を演じた」ことになる。その罪悪感が、主人公が記憶を失っていた原因ということに行きつく。
 グラフィック・ノベルということで、絵で展開されていくのだが、最後の見開き2ページは難民キャンプ虐殺の写真が出てくる。映画でも最後に写真が出てくるらしいが、ここで現実に引き戻される。ルポルタージュの新しい形式かもしれない。重く、印象に残る本。イスラエルの、この本といい、イランの「ペルセポリス」といい、中東にはグラフィック・ノベルの傑作が生まれる風土があるのだろうか。あるいは、あまりの現実の過酷さに、こうした形式でしか、いまはまだ語れないのだろうか。