クリス・アンダーソン『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる

ビーイング・デジタル - ビットの時代 新装版 『ロングテール』『フリー』のクリス・アンダーソンの最新作。面白い! 90年代にニコラス・ネグロポンテの『ビーイング・デジタル』(being digital)を読んで以来の衝撃といっていいかもしれない。『ビーイング・デジタル』では、「アトムからビットへ」という言葉がキーワードで、モノからデジタルの世界になっていくということを予言していた。その革命的な意味はインターネットの登場で現実になった。「ロングテール」も『フリー』で打ち出された「フリーミアム」も、そうした革命がもたらす世界を活写していた。そして、この最新作でアンダーソンは実例を上げながら、デジタル革命・インターネット革命が今度は「ビットからアトムへ」と逆流していく段階に入っきたと言う。これは2010年代の必読書だなあ。
 目次で内容を紹介すると

第1部 革 命
 第1章 発明革命
 第2章 新産業革命
 第3章 未来の歴史
 第4章 僕らはみんなデザイナー
 第5章 モノのロングテール
第2部 未 来
 第6章 変革のツール
 第7章 オープンハードウェア
 第8章 巨大産業を作り替える
 第9章 オープンオーガニゼーション
 第10章 メイカーズの資金調達
 第11章 メイカービジネス
 第12章 クラウド・ファクトリー
 第13章 DIYバイオロジー
エピローグ
 製造業の未来 西側先進国は復活できる
付録
 21世紀の工房

 この本では、未来をイメージさせてくれるだけでなく、既に現在、起きていることも理解させてくれる。なぜ中国が製造拠点として、これだけ存在感を増しているのか。なぜiPhoneは、中国のFoxconnで作られているのか。小さなところでは、「Web2.0」という言葉を生み出したインターネット界のグールー、オライリーの出版社がなぜ「Make(メイク)」という雑誌を創刊したのか。
Make: Technology on Your Time Volume 11
 最後の雑誌の話でいうと、創刊された時は、趣味のモノづくりに関する楽しい雑誌に走ったのかと思っていた。ただ、この本を読んでわかるのは、パソコンが出てきたとき、「デスクトップ・パブリッシング」(DTP、コンピューターによる出版編集・制作)の台頭を予見した人がいたように、「Make」の編集者たちは「デスクトップ・マニュファクチャリング」の未来を見ていたのか。製造業、モノづくりのダウンサイジング。ソフトウエア開発がそうだったように、個人の創意と力がモノづくりにも威力を発揮する時代。ビットの革命からアトムの革命へーー未来志向の出版社なのだなあ。
 で、もう一つ、中国の企業がなぜ米国の製造拠点となったか。いまや個人企業にまで開かれたサプライチェーンとなったのは、なぜか。それには、こんな話が…

 これは、アリババのおかげだけではない。中国経済と経営スタイルが転換したせいである。ここ数年で、中国の製造業者は少量の注文を効率良く生産できるようになった。以前には大企業にしかできなかったような工場への委託生産が、個人企業にも開放された。

 そして、この背景には2つのトレンドがあるという。

まず、中国の商慣習が成熟し、ますますウェブ中心になってきたこと。ウェブ世代が経営層にのぼり、中国工場はオンラインで注文を受け付け、顧客と電子メールでやりとりし、それまでの銀行振り込みや信用状や発注書のかわりに、顧客に便利なクレジットカードやペイパルで支払いを受けるようになった。二つ目は、昨今の経済危機で、企業がデフレスパイラルに陥りがちな大量生産品を避け、利益率の高いカスタム品に向かっていることだ。

 中国の製造業も進化しているのだ。賃金が安いからとばかり言っていたら、間違えるなあ。デジタルに対応したオープンな生産システムに磨きをかけているのだな。経営層がウェブ世代かあ…。
 読み終わって思うのは、プラスイメージで日本企業が出てくるのは、ロボットをつくっているファナックぐらいであること。本の性格ということもあるだろうが、話題の中心は、米国のベンチャーであり、中国だ。賃金が安いとか、そういう話ではなく、米国と中国の間にB2Bの受発注サイトのインフラがあり、そこでのメールのやりとりには英語・中国語の同時翻訳ソフトが利用され、受発注が円滑なのは、CADソフトも標準化されているから。デジタルの基盤があっての中国の繁栄なのだ。そして、それが個人でも利用できるところまで来ているというのがすごい。個人にとって可能性が開かれている。
 それと、中国リスクの一つとして、このCADデータがそのままコピーされてしまうことがあるというのだが、となると、もはや模倣というのは、見よう見まねで似たようなものを作るというより、本物と同じ物を作るということなのだな。この本では、そうしたコピー産業の活力まで分析しているところが面白かった。
 さらに現実には製造コストに占める労務費の比率は下がっており、必ずしも海外生産が有利な時代ではなくなってきているという話も出てくる。例えば、こんな具合…

製造面では、オートメーションの拡大と高度化によって、欧米とアジアがますます同じ土俵で戦うようになり、長くて脆いサプライチェーンにかかる直接間接のコストの増大は、調達の見直しにつながるだろう。ディーゼル燃料が値上がりするたびに、中国からの輸送費も上がる。アイスランドの火山やソマリア沖の海賊もまた、グローバルなサプライチェーンが抱えるリスク要因のひとつであり、そうしたリスクは消費地により近い製造を支持することになる。世界はますます不安定になり、何が起こるか予想できず、政治不安から通貨変動まで、あらゆることが海外生産のコストメリットを一瞬にして消し去る可能性もある。

 といって「デトロイトが復活するわけではない」と釘をさしているが、安い賃金を求めて工場を移していくという大量生産一辺倒のビジネスの前提は変わっていくのかもなあ。
 ともあれ、製造業の新しい未来を感じる本。そして、90年代から2000年代にかけて、日本がインターネット革命に出遅れたように、いま起きている「メイカー・ムーブメント」に日本の中からどんな動きが出てくるのかが楽しみ。きっと主役たちは今、大学にいるんだろうなあ。あるいは、会社をリストラされたり、定年退職した大企業のエンジニアがその主役であり、強力なサポーターなのかもしれない。しかし、シャープにしても、パナソニックにしても、従来型のエレクトロニクス・メーカーは厳しいなあ。
 最後に、この本はKindle版で読んだ。家ではiPad、外ではiPhone。どっちで読んでも、途中、読み進んだところからスタートできたので便利。Kindle版があるものは、Kindleに走ってしまうかも。早くKindle Paperwhiteで読んでみたいなあ。
★「MAKERS」の書籍版はこちら

MAKERS 21世紀の産業革命が始まる

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★「フリー」のKindle版は500円を切っていた。実験価格かな。
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