羽場久美子・溝端佐登史編著『ロシア・拡大EU』は、ウクライナ問題の理解を助ける

ロシア・拡大EU (世界政治叢書)

ロシア・拡大EU (世界政治叢書)

 ロシアの軍事介入で注目を浴びているウクライナ問題について勉強したいと思って、ミネルヴァ書房の「世界政治叢書」シリーズの1冊『ロシア・拡大EU』から関連するところを読んでみた。ウクライナというと、キエフとか、オデッサとか、クリミア半島とか、地名は知っていても馴染みが薄い。そんなわけで参考になったのは第13章の「広域黒海地位の国際政治」(六鹿茂夫)と第14章の「EUNATOウクライナ政治」(藤森信吉)。
 第14章は、ウクライナの歴史と民族構成について解説する。ウクライナ東部とクリミアは歴史的にロシアの影響下にあり、ウクライナ西部はかついてハプスブルク帝国の領域にあり、欧州(EU)に近い。さらに、階層別には、政治エリート、経済エリート、一般国民の三層があり。政治エリートは民族主義的な傾向があり、欧州寄り(反ロシア)だが、大多数の国民はウクライナに対する帰属意識は揺れていて、経済状況によってロシアに振れたり、欧州に振れたりする。でも、ソ連に所属していた経緯からロシアに対する親近感のほうが強いらしい。経済エリートはかつてはソ連圏内との交易が多く、産業もソ連時代の重工業が主体だった関係から、ロシア派が多かったのだが、いまはEUとの交易が増えたのと、冷戦崩壊後に起業した人々は欧州寄りらしい。この複雑なからみ合いの上に成り立っている。なかなか一筋縄ではいかない国だなあ。ソ連邦にあった国だけあって、ポーランドチェコハンガリーなどの東欧諸国とは違う。ロシアが、この地域を手放したくないのもわかる。
 で、面白かったのは第13章。地政学で見た黒海沿岸地域を語る。この地域は、ウクライナに限らず、グルジアなど欧州に傾斜したい旧ソ連国家がある。しかし、この地域まで、EUNATOに入り込まれることにロシアは警戒感を持っているという。そこで、こんなロシアの戦略が紹介されている。
 この地域には、民族紛争を未解決のまま凍結し、領土を現状のまま保全したい多民族国家(現状維持勢力)と、そこからの分離独立を求める民族(修正主義勢力)が存在している。ロシアは「公式には領土保全政策を支持しつつ非公式には分離主義勢力を支援することで紛争を凍結してきた」。そして、2つの勢力がロシアに依存せざるを得ない状況を醸成し、「紛争地域における自国の影響力の温存と、グルジアモルドヴァの中立すなわちNATO加盟阻止を図ってきた」という。そして、ロシアとしては、NATOに行かなければ、比較的な寛容な態度をとる。しかし...

現ロシア政権の最終目標であるNATO拡大阻止が危険に晒されるような事態が生じれば、ロシアは第1段階の上記二元外交から次の段階へと移行することに躊躇いはなかった。すでに2005年からモルドヴァおよびグルジアに対して経済制裁を課してきたロシアであるが、2008年4月のNATOブカレストサミットがウクライナグルジアの将来のNATO加盟で原則合意し、MAP資格付与のための審査を同年12月に行うことを決定すると、ロシアは分離主義勢力への公然たる支持を表明してグルジアの領土保全支持を撤回したのである。そして、経済制裁に加えて軍事的威嚇や挑発に踏み切り、同国のNATO加盟阻止に乗り出すのであった。
 このようにロシアが軍事制裁に踏み切ったのは、次の3つのシナリオを想定してのことであったと思われる。第1は、グルジアがロシアの圧力に屈して第1段階の「領土保全+中立」に回帰するシナリオである。しかし、このように事が運ばず、グルジアがあくまで強硬路線を貫いた場合、第2のシナリオに進んでいく。そこでは対露関係が危険なまでに悪化し、南オセチアおよびアブハジアの分離独立問題が先鋭化する結果、グルジアNATO加盟を見送ろうとする雰囲気がNATO内で醸成されていくことになる。そして、第3は、グルジアが軍事力を行使して領土保全の回復へ向かうシナリオで、この場合ロシアとの戦争が避けられないため、対露関係を重視するNATO加盟諸国の間でグルジア評が悪化し、同国のNATO加盟が一層遠のくことになる。

 グルジア紛争の展開というのは、恐ろしいほど、ウクライナと似ていたのだな。CNNに出てきた外交専門家が、クリミアを南オセチアと同じ状態にすることでロシアの目的は達せられるという論評をしていた意味がわかった。断固、NATO入りを阻止する。そのための手であり、グルジアでの成功体験がロシアにはあるんだな。
 ウクライナの現状はいま、この第2のシナリオの段階にあるのだな。そして、第3のシナリオに挑んだグルジアがどんなことになったかを知っているウクライナの新政権は必死に自制しているのだな。一方で、米国・EUは、このシナリオを知った上で、同じ手は食わないということを考えているんだろうな。欧米の包囲にロシアが怯えているのだとすれば、ウクライナは経済的にはEUと結びきつつ、軍事的にはNATOに入らないという選択。中間地帯になるということなのだろうか。黒海フィンランドになることだろうか。
 ウクライナ問題を考える上で参考になる本でした。