米陸軍省編『米陸軍サバイバル全書』に見る放射能対策

米陸軍サバイバル全書

米陸軍サバイバル全書

 米陸軍省が1957年に原型をつくり、いまも改訂を続けているという『米陸軍サバイバル全書』。いま手元で見ているのは2002年版だが、2009年版も出ている。2009年版は楽天ブックスには残っているが、アマゾンでは売り切れの様子で、中古本が売られている。兵士にサバイバル術を伝授する米国陸軍のマニュアル本がいま密かに注目されているのは、やはり福島第一原発放射能汚染が問題になっているからだろう。米陸軍の生き残りマニュアルなのだから、当然、核戦争に関する記述もある。
 「核兵器への対処法」という、その一節は、核兵器の影響(爆風、熱放射、原子放射線)、核爆発の形式、核爆発による傷害、残留放射能放射能に対する生体反応、体外放射能対策、シェルター、水の調達、食物の調達などを解説している。中でも、注目は最後の「水の調達」と「食物の調達」だろう。日本の場合、核爆発が起きたわけではないから、このマニュアルを読むのもかなり大げさな話だが、それでも極端を知ることで問題の本質が見えてくることがある。
 ということで、まず「水の調達」についていうと、基本は...

 どんな水も飲む前に放射能を減衰させるために、もっとも安全性が高い水源を選んで最低48時間待つと、有害な量の放射能が体内に入る危険を大幅に減らせる。

 なるほど。そして「水源を選ぶ際には、多くの要素(風向き、降雨、沈殿物)を考慮に入れなければならないが」と断った上で、以下のような優先順位で安全性の高い水源を示す。
(1)もっとも安全な水源=井戸、泉など
 泉、井戸、あるいは地層というフィルターを経たその他の地下水源はもっとも安全な水源(核戦争のマニュアルなので、このほかに「打ち捨てられた人家や店の排水管および容器内の水」を挙げている)
(2)大小の河川
 「大小の河川から採取する水は、核爆発後数日経っているならば、降り注いだ放射性降下物が薄まっているので放射能の影響は比較的受けていない。それでも可能ならば、河川の水は放射能塵の除染のために濾過したほうがいい」(戦争想定ですから...)
(3)湖、水たまり、池などの静水
 「ひどい汚染を引き起こす活動期の長い放射性元素は、そのほとんどが水底に沈殿するが、それでも湖、水たまり、池、その他の静水の水は激しく汚染されている可能性が高い。この水を浄化させるには沈殿法を利用する」(ということで、簡易な沈殿法を解説している)
 ということで、ここから読み取れるのは、放射能放射性物質)の減衰期間を考慮して、ある程度、水を寝かせること。また、濾過によって、ある程度、放射能の混入を減らせ、リスクを軽減できるという考え方。これでも専門家からはツッコミの入る対処法かもしれないが、米国の陸軍はこうした対処法を兵士たちに示しているということらしい。
 続いて、食物。こちらは動物性と植物性に分かれるのだが、動物性食物は、一言でいえば、動物性タンパク質がそれしかないなら、どうのこうの言っても、食べなきゃ仕方ないでしょ、という根本思想があったうえで、「十分な事前注意と重要な原理原則を守れば、動物は安全な食物源となるに違いない」という。この「違いない」という言い方が、そこはかとなく怪しいところが気になるが...。で、まず第一に「病気に見える動物は食べてはいけない」。うーん。それはそうでしょう、という感じ。ただ、これに続く部分は、マニュアルの面目躍如...

 皮膚や体毛に付着した放射能の塵が肉に付着しないように、全ての動物は注意深く皮を剥ぐ。また骨格には放射能の90パーセントが蓄積されるので、骨や関節近くの肉を食べてはいけない。しかし、残りの筋肉組織を食べても安全なので、調理の前には最低でも厚さ3ミリの肉を残し、骨から肉を切り離す。全ての内臓器官(心臓、肝臓、腎臓)はガンマ線ベータ線が集中しやすいので捨てる。

 この後に調理法の注意が続く。そして、それ以外の動物性食物について...
・魚、海洋性動物、水生植物など海洋性の食物源を利用するのは最悪の緊急事態のときだけ
・全ての卵は食べても安全
・「草食性の動物は多量の放射能を草から摂取するので、放射性降下物汚染地域の動物の乳は絶対に飲んではいけない」
 あくまで、これは核戦争で「死の灰」が降り注ぐ中での話。そこを注意して読まないといけない。ただ、それでも「卵」は大丈夫というのは発見。そうなんだ。
 で、次に植物性食物の話。こちらは「食物の汚染は表皮に放射性降下物が蓄積したり、根から放射性元素を吸収したりして起こる」としたうえで、優先順位がはっきりしている。食べていい順でいうと...
(1)ジャガイモ、カブラ、ニンジンなど地面の地下に食用部分がある根菜類。「これらはいったん皮をこすり落とせば、もっとも安全な食物になる」という
(2)バナナ、りんご、トマト、ウチワサボテンのような果物と野菜。これらは「表皮を洗ったりむいたりすれば汚染を取り除ける食物」ということになる。
(3)最後に「容易に皮がむけなかったり、洗っても効果的に汚染除去できない、細かな肌をした野菜、果物、または可食性植物は、緊急時の食べ物として3番目の選択順位に置いておく」となる。で、こんな解説が付く。

 こすり落として汚染を取り除けるかどうかは、果物の表皮の粗さに比例する。すべすべした表皮をもつ果物は、洗うと汚染が90パーセント取り除かれるが、ざらついた表皮の果物を洗った場合は、約50パーセントしか汚染を取り除けない。表皮が縮れた(レタスのような)食物は、皮をむいたり洗ったりして効率よく汚染除去できないので、他に何もないときだけ食べるようにする。

 ポイントは付着した放射能を洗い落としやすいかどうかの一点に尽きることがわかる。繰り返すが、これはあくまでも核戦争を想定してのマニュアル。ただ、今回の福島第一原発事故で、汚染地域にある葉物の摂取制限がとられたところなどを見ると、原理原則として、この本の記述はサバイバルの基本になっているとも言える。
 最後に全体の目次を紹介すると、こんなもの。

第1章 はじめに
第2章 サバイバルの心理学
第3章 サバイバル・プランニングとサバイバル・キット
第4章 基本的なサバイバル医療
第5章 シェルターを作る
第6章 飲料水を確保する
第7章 火を使いこなす
第8章 食物を調達する
第9章 食物のサバイバル利用法
第10章 有毒植物から身を守る
第11章 危険な動物を避ける
第12章 武器・道具・装備を確保する
第13章 砂漠でのサバイバル
第14章 熱帯でのサバイバル
第15章 寒冷地でのサバイバル
第16章 海上でのサバイバル
第17章 渡河技術をマスターする
第18章 野外で方位を確認する
第19章 救助信号を送る
第20章 非友好地域でのサバイバル
第21章 偽装技術を学ぶ
第22章 現地住民と接触する
第23章 核・生物化学兵器から身を守る

 兵士が直面する可能性がある、ありとあらゆる場面を想定している。アウトドア・ライフ・サバイバル本でもある。

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