伊集院静『なぎさホテル』(電子書籍)

 伊集院静初の電子書籍。ということもあるが、この自伝的エッセイの舞台が逗子なぎさホテルで、しかも、夏目雅子との思い出が出てくる数少ないエッセイであることへの関心もあって(小説の形ではあったが、エッセイでは初めて?)、iPadで読む。読み終わってみると、電子書籍かどうかということではなく、エッセイとして心にしみるものだった。人間は誰かが見ていてくれることで救われるのだと思う。傷ついた者を暖かく包みこみ、癒しの空間を時間を提供してくれる、そんな夢のようなホテルが実際にあったのだな、と思う。
夏目雅子27年分の笑顔 夏目雅子は「M子」として登場するが、あくまで主役は「なぎさホテル」で、その支配人や従業員たちとの物語のほうがメーンになる。仕事も家庭もうまく行かず、東京を離れて行く先も決めぬまま、偶然たどり着いたところが、なぎさホテルだったというところを含めて、まるで映画のような話だった。
 伊集院静夏目雅子と結婚するまでの7、8年もの間、なぎさホテルで暮らしていたとは知らなかった。そして「鎌倉でM子との新しい生活をはじめた私は、数ヶ月後に彼女が発病し、二百日余りの闘病生活をともにした。九月の雨の朝、彼女は他界し、私は故郷に戻った」という。すさまじく劇的な人生だったのだな。
 なぎさホテルには一度、泊まったことがあるが、居心地のいい、ぬくもりのあるホテルだった。もう一度、行ってみたいホテルだっただけに、閉館してしまったときは残念だったのだが、あのとき感じたホテルの印象は本物だったのだな。自分たちが泊まったとき、ホテルの何処かに伊集院氏がいたのだろうか。そんなことも考えてしまった。
 電子書籍ということで、最後に、伊集院氏が、なぎさホテルの跡を再訪し、思い出を語るインタビューが動画でつく。珍しく夏目雅子についても語っている。電子書籍でも、しみじみ読んだり、話を聞いたりすることができるものだと思う。考えて見れば、伊集院氏はCMディレクターの経験もあるから、電子書籍には向いている人なのかもしれない。ちなみに音楽は井上陽水、写真は宮澤正明が担当している。
伊集院静 初の電子書籍作品『なぎさホテル』 => http://bit.ly/hfiAOm
iTunesでは => 伊集院静 なぎさホテル - M-UP, inc