伊藤博敏『黒幕−−巨大企業とマスコミがすがった「裏社会の案内人」』

 1980年代から1990年代、バブルの狂乱と崩壊の中で大型経済事件が多発する中、「現代産業情報」という媒体が深層レポートで突出した存在であることは、その記事をまとめた『情報の情報』という本で知っていた。その中心に石原俊介という人物がいることは聞いていたが、どのような人であるのかは知らなかった。その人物の伝記を、これまた経済事件の深層レポートで定評のあるジャーナリストの伊藤博敏氏が書いたというので、興味を持って読んでみたら、やはり面白かった。平和相互銀行事件から証券、金融、大蔵省、日銀、そして検察と、スキャンダルにまみれた「政・官・財・報・暴」*1日本外史になっている。
 目次に加えて、そこで取り上げられている事件を挙げてみると...

第1章「黒幕」の誕生
    ・東京電力
第2章 マスコミを動かす、捜査権力を動かす
    ・平和相互銀行事件 ・特捜検事・田中森一の「反転」
    ・中曽根金脈問題 ・リクルート事件
    ・ブルネイ王室「AV女優(村上麗奈)接待」スキャンダル
    ・日興証券の住吉連合との関係
第3章 巨大企業の「守護神」として
    ・銀行・証券の総会屋利益供与事件
    ・山一證券廃業と大蔵省・日銀接待汚職事件
    ・千代田生命危機と許永中
    ・武富士問題
第4章 「内調」「政治家」から「右翼」「暴力団」まで
    ・加藤紘一・秘書の政治献金・脱税スキャンダル
    ・中川秀直官房長官と愛人スキャンダル
    ・右翼の田原総一朗糾弾
    ・則貞・東京高検検事総長スキャンダル
    ・「噂の真相」右翼襲撃事件
    ・日本振興銀行事件

 あったなあ、いろいろなことが...。この本を読むと、もろもろの事件の情報を石原の「現代産業情報」はカバーしていたし、その石原と情報交換していた人々として、この時代の事件に深く斬りこんだジャーナリストの名前が数多く登場する。石原は「三丁目の夕日」のように中学を卒業後、「金の卵」として上京。その後、この時代の貧しく知的で社会問題に目覚めた若者に多かったように共産党に入り、ソ連のコムソモールに留学するまでしながら、帰国後は失踪、住吉会系組織の客分として任侠右翼と事務所を同じくする。そして情報誌を始めるが、総会屋系と違って企業を脅すのではなく、情報の価値で商売する。バブルの時代は大体、不動産と株に溺れて自滅というパターンが多かったが、この時代も株でも土地でもなく、情報で商売をしている。右から左まで、暴力団、右翼、企業、金融、政治、官僚、警察、メディア、それぞれ壁で仕切られたような「政・官・財・報・暴」の情報交差点にいる人となり、それぞれの世界で信用を築いた。こういう人がいたのだな。
 そして、この本で再三、語られているのは本当の凄さは情報の量だけでなく、それを分析し、その後の展開を読む力だったという。インフォーメーションをただ集めるだけでなく、インテリジェンスに高めることができたのだなあ。だから、内閣調査室までが、ここの情報を注目していたのだな。しかし、これほどの人をしても、時の流れは残酷で、晩年はかつての余裕を失うようになり、暴力団を徹底排除する暴対法の施行によって「政・官・財・報・暴」の交差点という立ち位置を許さなくなり、暴力団からの情報は断たれ、その一方で、「現代産業情報」の大口需要先であった大企業はグレーな立ち位置であることを嫌い、購読を打ち切るようになる。そうした中で、情報で勝負し、説得はしても脅しはしなかった石原が晩年に関係した日本振興銀行事件では、問題を報道しようとする媒体に告訴するぞと威嚇した話も紹介される。企業に対しても早めの情報公開を迫るなど、それまでの活躍ぶりから考えると、情報力の衰えも物語るような話で哀しい。
 あとがきで、石原氏のこんな情報論が紹介されている。

 情報を取るために何が必要か。私は2つあると思います。ひとつは、特別な情報が(自分のところに)先に飛び込んでくるものではないので、まず読むこと。新聞であれ雑誌であれ、右から左から主義主張に関係なく、漏れなく読み続けることが大切です。もうひとつは、人間関係もしっかり作ること。本当の情報は対面のなかで紡ぎだされるもので、私は、比較的自由に生き、会社の為とか上司の為とか、そんな制約もないので、誰とでも友達になれました。それで、ロクな稼ぎもないのですが、稼いだ金の大半は、銀座で落とし、情報交換に使っています。

 そうだなあ。前者はインターネットの普及で、何でも情報がとれるような気持ちになっているけど、これも自分の好きな情報を読むだけでなく、「右から左から主義主張に関係なく、漏れなく読み続ける」ということは簡単なようなでいて、なかなかできる話ではない。嫌いな情報を避けて、ネットサーフィンしているだけでは、入ってくる情報は偏ったものになってしまう。そして、後者だなあ。情報(インテリジェンス)の世界でもヒューミント(人的情報)が再評価されているというけど、大量に垂れ流されている情報の真贋を見極め、そして、どのような文脈で読むのかということを知るには、対面のなかでの情報が重要になってくるのだろう。対面して、相手が信用できるかどうかを見極めて流す情報と、不特定多数に流す情報は違うものなあ。
 最後に思うのは、これからの情報収集・整理・発信というのは、どういう形になっていくのだろう。「現代産業情報」も「噂の真相」もない時代に、「政・官・財・報」にとって「都合の悪い情報」というのは、どのような形で誰がレポートするのだろう。「FACTA」などのように頑張っているメディアもあるが、続くものは出てくるのだろうか。
 で、現代産業情報の記事をまとめた『情報の情報』、アマゾンで検索したら、出てこない。改めて本棚から引っ張り出してみたら、ISBNが入っていない。どこで手に入れたのだろう。兜町界隈の書店で買ったような気もするし、古本屋かもしれない。あるいは、誰かにもらったのだろうか。思い出せない。

*1:政界・官界・財界・報道=マスコミ・暴力団